ルーティン

ほぼ毎日、俺はヨーグルトを食べる。

釣りでもトーナメントでもない、

これは完全なるプライベート。

カシスパウダーは毎回。

オレンジかグレープフルーツも必ず入れる。

その日の気分じゃなく、もう習慣だ。

クルミかナッツを少しだけ足すのも決まり。

正直、もうちょっとお皿はオシャレにしたいと思うこともある。

でも、このRの効いた形だけは変えられない。

スプーンを入れたときの角度、

ヨーグルトが自然に集まる感じ、

混ざっていく色の流れまで、なぜかしっくりくる。

道具もルアーも同じ。

見た目が良いだけのものより、

自分の感覚に合うものの方が、

結局は毎日使い続ける。

派手さはない。

でも、毎日やるということは、

一番強い準備だと思っている。

釣りも、生活も、身体も。

こういう静かな積み重ねが、

いざという一日の集中力を作っている。

今日も変わらず、このヨーグルト。

静かな時間が、好きなんです。

まだまだ甘い。

寒波到来。

ニュースでは今季一番の冷え込みだとか言っている。

風は冷たいし、指先の感覚も正直あやしい。

でも、だから何?という話。

若い頃は、こんな条件でも何も考えずに行っていた。

むしろ「寒い方が釣れるんじゃない?」くらいのノリで、

週6ペースでメバル釣りに通っていた時期もある。

仕事終わりに海へ行き、気付けば夜中。

次の日も普通に出勤。

今思えば、体力も気力も完全に無敵だった。

正直、あの頃は楽勝だった。

寒さも眠さも勢いで誤魔化せた。

釣りは気合と根性。

そんな時代。

でも今は違う。

無茶はしない。

できない、ではなく「しない」。

その代わり、一本一本、

一投一投にちゃんと意味を持たせる。

寒波の中、ロッドを握るとすぐ分かる。

今日は簡単じゃない。

風でラインは取られるし、

水の中がどうなっているかも想像しづらい。

魚の反応はかなり控えめ。

でも、完全にゼロではない。

だからこそ集中する。

ほんの一瞬出るラインの変化。

アタリなのか、流れなのか。

この判断を外すと何も始まらない。

楽しいかと聞かれたら、

派手に楽しいわけじゃない。

むしろ地味。

写真映えもしない。

でも、こういう夜の方が後で効いてくる。

若い頃の勢いの釣りも楽しかった。

でも今は、感覚を確かめる時間が楽しい。

寒さの中で何を感じ取れるか。

それがそのまま、次に繋がる。

寒波到来ですが、何か?

むしろ、ありがとうございます。

簡単じゃない条件でこそ、

自分がどれだけ鈍っていないか分かる。

今日も修行。

派手さは無い。

でも、確実に積み上げている。

釣りは、そういう夜が一番大事だと思っている。

入れ食い

クリスマスイブ。

街はカップル、家族、イルミネーション。

そんな中、俺はというと――はい、安定の海です。

「今日はどうする?」

「ケーキ食べる?」

そんな会話とは無縁。

選択肢はただ一つ。

アジング行く?行くでしょ。

…というか、行かない理由が見当たらない。

正直、現地に着いた瞬間は寒い。

いや、普通にめちゃくちゃ寒い。

「なんで俺ここに立ってるんだっけ?」って一瞬だけ思う。

でも、1投目を投げた時点でその疑問は消える。

コンッ。

はい、出ました。

いきなりアタリ。

しかも素直。

素直すぎる。

「え、今日そんな感じ?」と海に話しかけるレベル。

そこからはもう流れ作業。

投げる。

沈める。

聞く。

当たる。

完全に入れ食い。

アジが「まだ投げる?」って聞いてきそうな勢い。

こっちが追いつかない。

手返しが追いつかない。

写真撮ってる間に次のアタリ来る。

忙しい。けど楽しい。

サイズは良型!…とまでは言わない。

でも、元気。

めちゃくちゃ元気。

ライトに照らされて銀色に光る姿は普通にキレイ。

「はいはい、キレイだね、でも暴れないで」って毎回言いながら掴む。

寒さ?

最初だけ。

釣れ始めたらもうどうでもいい。

指先が冷たいとか言ってる暇がない。

むしろアジ触ってる方が温かい説ある。

気づけば時間はあっという間。

「あれ?さっき来たよな?」って感覚なのに、時計見てびっくり。

釣りって時間泥棒すぎる。

クリスマスイブに、特別なイベントはない。

でも、海は裏切らない。

むしろサービス精神旺盛だった。

ケーキは無いけど入れ食い。

プレゼントは無いけどアタリ連発。

これはこれで、かなり良いクリスマス。

やっぱり釣りは最高だなと、

ちょっと思った夜でした。

流行りの

正直言うと、最初は「これはやらんかな」と思ってた。

でも、目の前でこの姿を見た瞬間、全部どうでもよくなった。

流行りのきのこ着ぐるみ。

無表情なのに、そこにいるだけで空気が柔らかくなる。

何も語らないのに、勝手に癒されるってズルい。

毎日、釣りのこと、仕事のこと、結果のこと。

頭の中は常にフル回転で、気づけば呼吸が浅くなってる時もある。

そんな時に、この光景は反則級。

「戦う」ことと同じくらい、

ちゃんと力を抜く時間も大事なんだと思い出させてくれる。

強くなるために、追い込む。

でも、壊れないためには、癒しも必要。

何も考えず、ただ可愛いと思う時間。

それだけで、また前に進める気がする。

たまには、こういうのもいい。

いや、むしろ“こういうのが必要”なんだと思う。

今日もまた、明日につながる一日。

ヤバ

細い所、本当に助かる。

こういう部分を見てくれているかどうかで、準備の質も、試合への向き合い方も大きく変わる。

写真のこれは、正直に言って熟成し過ぎて恐ろしいレベル。

長い時間をかけて、ボックスの中で積み重なってきたもの。

見た目だけなら「もう終わってる」と言われても仕方ない状態だと思う。

でも、ここまでになるまで使われ続けた背景がある。

投げて、外して、入れ替えて、また投げて。

その繰り返しの中で、自然と残った痕跡みたいなもの。

ただ、試合の世界では感情だけでは通用しない。

どれだけ思い入れがあっても、

今の状況に合っているか、信頼できるかを冷静に見極める必要がある。

使い込み過ぎたものは武器にもなるし、足を引っ張る存在にもなる。

だからこそ、細かい所を整え、助けてもらえる環境がありがたい。

命懸けで戦っている以上、

応援してくれる人や支えてくれる存在に対して、

「まあいいか」は絶対に許されない。

恐ろしさを感じるほど使い込まれたこの状態を見て、

改めて気が引き締まった。

まだやれる。

まだ詰められる。

そう思わせてくれる準備こそが、次につながる。

水抜いてバス、オランダ

久しぶりに立ち寄った野池。

現場に着いてすぐ、いつもと違う空気を感じた。

水位が明らかに低い。いや、低いというより水が抜かれている。

普段は水の中に隠れているブレイクや岸際の変化が、はっきりと姿を現していた。

バスが着きそうなライン、季節によって差すであろうポジション。

水がある時には見えなかった池の“本当の形”がそこにはあった。

釣り人としては、地形を把握できる貴重なタイミングでもある。

だが同時に、素直に前向きな気持ちにはなれなかった。

水が抜かれる理由はいくつも考えられる。

護岸や水路の管理、環境整備など、人の都合によるものがほとんどだ。

それ自体を否定するつもりはない。

ただ、その影響を一番受けるのは、そこで生きている魚たちだ。

ブラックバスは外来魚だという意見もある。

それは事実として受け止めなければならない。

それでも、命であることに変わりはない。

水のない池を見下ろしながら、ここで何本ものバスを手にしてきた記憶がよみがえった。

季節ごとの一投一投、試行錯誤した時間。

その全てが、この池の中にあった。

釣りをするという行為は、自然と関わることだ。

だからこそ、フィールドの変化には敏感でいたい。

ただ釣果を追うだけでなく、環境を感じ、考える釣り人でありたいと思う。

水が戻った時、この池はまた息を吹き返すのか。

それとも姿を変えてしまうのか。

答えはまだ分からない。

今日見たこの景色を、忘れずにいたい。

魚を大事にするという気持ちを、改めて胸に刻んだ一日だった。

ブラックバスを死なせたくない。

ただただ、バスが好きだから。

釣り人として、そしてバスプロとして、ずっと心の中にある想いがあります。

それは 「ブラックバスを死なせたくない」 という、ただそれだけのこと。だけど、僕にとっては本当に大事なことです。

どんなに寒い冬でも、どんなに暑い真夏でも、湖に出るたびに思います。

今日出会う魚たちを、少しでも元気なまま湖に帰してあげたい。あの引きの強さも、あの美しい体色も、全部が“命そのもの”で、かけがえのない存在です。

正直、時々います。

魚の扱いがちょっと荒い人。

無造作にデッキに置いたり、写真を撮るときに必要以上に握りしめたり、ライブウェルのケアを軽く見ていたり。

そういう場面を見てしまうと、胸の奥が「ん〜〜〜…」ってなる。

言葉にはしないけど、心の中ではめちゃくちゃ思ってます。

“もっと丁寧にしてあげてくれよ…”って。

でも、それって怒りじゃなくて、ただバスが好きだからこそ湧いてくる感情なんです。

1尾目でも、1000尾目でも、釣り上げた瞬間の鼓動は変わらない。

バスは僕ら釣り人に夢を見せてくれる、特別な存在なんです。

だから、僕はできる限りのことをする。

・フックが深く刺さったら、慌てず落ち着いて外す。

・長時間空気に触れさせない。

・ライブウェルの水質や温度を常にチェックする。

・魚の負担を減らすための活性剤を使う。

・トーナメントでは特に、1尾の状態を常に見続ける。

こういう積み重ねが、魚の未来につながっていくと思っています。

最近は、SNSでも「魚の扱い方が優しいですね」と言われることが増えました。

でも、僕としては当たり前のことをしているだけなんです。

生き物を相手にしている以上、“丁寧に扱う”ことは釣りの技術と同じくらい大切なスキル。

それを当たり前にできる釣り人が、もっともっと増えてほしい。

釣りって本来、自然との対話だと思っています。

魚がいてくれるからこそ成立する遊び。

バスが元気でいてくれるからこそ、僕らは最高の一投を楽しめる。

だからこそ、釣り人一人ひとりが、魚の未来を守る小さな責任を持てたら、フィールドはもっと良くなる。

そしてその積み重ねが、次の世代の釣り人たちにもつながっていく。

僕はこれからも変わらない。

バスを大事にする。

優しく扱う。

そして、誰よりもバスを好きであり続ける。

もしこの記事を読んで少しでも共感してくれたなら、今日釣った一尾を、いつもよりそっと優しく湖へ返してあげてください。

それだけで、未来はきっと変わるから。

山登り

昔小学生の頃良くキノコを探しに行ってました

久しぶりに お誘い頂き行ってきた。

いろいろ いろんな事ありすぎて 頭から湯気でそう。

まぁ〜完全に 楽しめた また行こ。

動物病院

今日、動物病院に入った瞬間——

まさかの 犬が受付してる という衝撃の光景に遭遇。

カウンターの向こうから、

「次の方どうぞ?」と言わんばかりに

黒白のワンちゃんがじーっとこちらを見つめてくる。

真面目な顔なのに、どこか可愛くて、

こっちも思わず笑ってしまう。

周りを見れば、壁には犬の絵、

カウンター横にはおやつの陳列。

完全に “犬が主役の世界”。

スタッフさんの代わりに出てきてるのか、

それとも単に偵察なのか…

とにかく このワンコがこの病院の雰囲気を120%柔らかくしてた。

病院ってちょっと緊張する場所だけど、

こういう出迎えがあると一気に癒される。

今日のナンバーワン受付スタッフ、

間違いなくこのワンちゃんでした。

ダイレクトリール

今日はちょっと気分を変えて、コレクション棚から古いダイレクトリールを2台ほど引っ張り出してみました。

左が「PFLUEGER SUMMIT 1993L」、右が「Langley Streamlite」。どちらもアメリカの名機で、時代を感じる雰囲気がたまりません。

フルーガー・サミットは、彫刻がびっしり入った重厚なリール。今のリールにはない“金属の存在感”があって、手に取るだけでワクワクします。ギアの噛み合わせや巻き心地もガチッとしていて、機械そのものを操っているような感覚。釣具というより、もはや工芸品ですね。

一方のラングレー・ストリームライトは、軽くてスムーズ。アルミボディの質感と黒プレートのコントラストがカッコよくて、どこか上品な雰囲気。サミットの重厚さとはまた違った、軽快さとスマートさがあります。

どちらもそれぞれの時代を象徴する名作。こうして久しぶりに触ると、改めて“釣り道具っていいな”と思わされます。

今のリールとは違う魅力。手に伝わる金属の音や感触――それだけで、当時の釣りの空気を感じられるんです たぶん(笑)